医療現場での情報共有の問題点
なぜ専門診療・専門医教育にICT医療情報共有が必要なのか
これまで専門医の育成は典型的なon the job trainingで行われてきました。人が集まることが難しい今、ICTを用いてこの伝統をmodifyしていく必要があります。
医療現場での情報共有の問題点
現在の医療現場はすでにほとんどデジタル化されています(電子カルテ、 医療用画像管理システム 、ロボット支援下内視鏡手術など)。一方で、[個人情報保護]を最優先に考えて、どの病院でも院外との通信はほとんどできないように設定されており、他の医療機関との患者情報のやり取りは、驚くべきことにいまだに「紙の紹介状」「画像データの入ったCD-R」「FAX・電話」が使われています。
近年の情報通信技術の進歩から取り残された聖域の一つが「病院」でした。パンデミックにより従来の情報共有システムの整備不全が明るみになっていく中で、現場の医師が安全に運用できるデジタル医療情報の共有方法が必要とされています。
地域医療が直面する専門医不足
兵庫県は海と山があり、人口が集中する都市部と過疎化が進んでいる地域があり、様々な業種にかかわる住民が混在する、などの理由から「日本の縮図」とたとえられることもあります。そのため兵庫での問題は日本全体の問題ととらえることもできます。特に、地域医療においては、医療へのアクセス、包括的ケアへのアクセスといった視点での議論が活発ですが、「専門診療」へのアクセスが困難であることも大きな問題です。住んでいる地域にかかわらず、だれもがインターネットなどから情報を得ることができるようになり、医療においてもより専門的な診療を希望される方が増えてきました。しかしながら専門医は都市部に集中して働いているという現実があります。
医療における個人情報と通信
院内で扱うデジタルデータは名前、病名のみならず、病歴や画像診断結果まですべて保護されるべき個人情報です。この情報を取り扱う仕組みは、医療情報システムの安全管理に関するガイドラインを遵守する必要があります。徹底した環境を構築すると、限定された場所、時間、ヒトしか、外から情報にアクセスできないので、情報共有による利点は限定されてしまいます。この規制をクリアするためのセキュリティ対策にかかるコストと、インターネット経由の情報漏洩に対する過度な懸念が、小規模の医療機関が電話やFAXといった レガシーシステムを使い続ける状況を招いてきました。旧来のシステムの安全性の評価が十分ではないにもかかわらずです。
規制の遵守と利便性の向上の両方を追究すればするほど、IT基盤自体が複雑化し、開発の初期投資が高額になります。病院間の情報共有基盤導入は、投資を回収できる生産性の向上を元来見込んでいない(よりよい医療を目指しているだけ)ため、ICT基盤整備が進まないことになります。これが、これまでわが国での医療における情報通信システムの整備が進展しなかった理由 の一つだと考えられます。
スマートホンやSNSの普及によって、市民レベルの情報共有がデジタル化された現在、医療だけが同じところにとどまろうとすると、かえってシャドーITを介した情報漏洩を助長することにもなりかねません。
専門診療と専門医教育
都市部に人口が偏在している兵庫県では、県内全ての地域に専門医による適切な医療が行き渡っているとはいえません。例えば内科系では,パーキンソン病・てんかん・認知症や神経難病(神経内科専門医)、リウマチ・膠原病(リウマチ専門医)、骨髄異形成症候群や多発性骨髄腫(血液専門医)など、高齢者では決して稀ではない疾患の診療は、専門医が行うことでプライマリケア医と比べ明らかに患者の予後が異なります。一方で、兵庫県の神経内科専門医は 10万人あたり 3.4人(全国平均 4.8人)と全国的にもかなり少なく、大学病院の医師は従来から専門医不在地域の基幹病院に外来応援に行き地域医療を支えてきました。また、外科系でも難度の高い手術手技を必要とする場合は、手術応援に行くことで地域の医療に貢献するとともに、現地の若手医師の教育に高い効果を上げてきました。このような非常勤体制での医師の病院間移動は、我が国の大学病院勤務者の待遇の特徴(市中病院の医師に比し低収入)の背景のもと、兼業として古くから根付いており、地域医療を支えるとともに、情報の少ない遠隔地に勤務する若手医師への専門医教育の一端を担ってきました。また現地医師の負担軽減にもなり、地域医療の維持には必須となっています。
パンデミックと専門診療・専門医育成
専門医の病院間移動による専門診療提供及び若手医師への専門医教育は、今回のコロナウイルス感染症拡大により継続が危惧される状態に陥りました。「医師が病院間を移動することによる病院へのウイルス持ち込みリスク」「医師が遠隔地に移動することによる自身の感染リスク」「兼業先病院勤務若手医師に接触することによる感染リスク」です。地域によっては都市部からの応援医師の移動が制限され、医療提供体制に影響があった人口減少地区もありました。人の往来に依存した診療教育体制の弱点が露呈された格好になりました。
元来、臨床教育はメンターの考え方、話し方、手さばき、状況判断などを「金魚のフン」のように後をついて学び、実際の患者さんと現場で相対して一人前になっていくon the job trainingの代表格でした。その結果として、教えてくれる専門医がいる都市部地域に若手医師が集まる傾向が生まれました。地方の若手医師にとっては、たまに来てくれる非常勤の専門医に教えを乞う機会がパンデミックにより減少し、患者にとっては、非常勤の専門医による診療をこれまでのように受けれなくなりました。このように、コロナ禍は、同一県内での居住地による医療格差、若手医師における教育格差を浮き彫りにすることになりました。何らかの方法でこの問題を解決する必要があります。
Solution
私たちは、ICT を活用して,「同時」に現場に「同席」していなくてはならない,指導を伴う医療行為の一部を,「同時」に遠隔地にいる指導者の指示を仰ぎながら,現場にいる医師が実行できる仕組みを考えました。遠隔教育とオンライン診療の両者を同時に行えるとともに(D to D to P)、地域医療の質の均てん化にも資することになります。
それが「ウェアラブルカメラ・医療情報端末共有による遠隔地での専門医教育・専門診療システム」です。